安土どっとネット

azch.exblog.jp ブログトップ

<   2008年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

滋賀県立安土城考古博物館 文化財保護協会調査整理課

あの遺跡は今!Part.6
財団法人滋賀県文化財保護協会調査整理課では、滋賀県内で発掘調査された遺跡の整理調査を行っています。
平成19年度は、関津遺跡、堂山古墳群、入江内湖遺跡、松原内湖遺跡、野村北遺跡、安養寺遺跡・辻野遺跡などの整理調査事業を実施しています。
整理作業の様子は、滋賀県立安土城考古博物館の中庭回廊からご覧いただけます。


・開催日   2008年2月24日(日)  ・開催時間  9:00~17:00
・場所    滋賀県立安土城考古博物館内整理室ほか
        蒲生郡安土町下豊浦6678
-コンテンツ-
19年度整理調査中の遺物の展示 高野城遺跡、酒波寺遺跡、浮御堂遺跡、西河原遺跡、安養寺遺跡・辻野遺跡、松原内湖遺跡、関津遺跡、堂山古墳群の遺物に加え塩津港遺跡の木簡を展示します。
整理調査室見学 実際に整理作業を行っているところを間近に見学することができます。
マーキング・拓本・トレース体験 遺物に出土場所などを記入する作業(マーキング)、出土遺物の文様などの特徴を記録する作業(拓本)、実測した図面をトレース用紙に浄書する作業(トレース)の体験ができます。
整理調査成果報告会 19年度の整理調査から文字資料を中心に見られた西河原宮ノ内遺跡・浮御堂遺跡・関津遺跡の成果報告をします。

時間 12:30~  場所 2Fセミナールーム
木簡をつくろう
木簡についての解説の後、実際に出土した木簡の資料をもとに、呪符木簡・文書木簡の原寸大およびミニチュアを作成します
・材料費300円
・午前の部20名、午後の部20名の計40名なお、定員になり次第終了とさせていただきます。 要事前申し込み

※月曜日は博物館休館日により応対できません。曜日に注意してお電話ください。
タイムテーブル . 9:00~ 開場
11:00~ 木簡を作ろう①(整理室)
12:30~ 報告会受付(2Fセミナールーム)
13:00~ 報告会
15:30~ 木簡を作ろう②(整理室)
17:00~ 閉場


京都新聞 2月25日
木簡のレプリカ作りを体験   安土城考古博物館で


文化財の整理作業を公開する「あの遺跡は今!」が24日、滋賀県安土町下豊浦の県立安土城考古博物館であり、木簡のレプリカ作り体験などがあった。
出土品の整理風景などを見学してもらうことを通して郷土の歴史や文化財に親しんでもらうのを狙いに、県文化財保護協会が2005年度から毎年度2回ずつ開いている。
近江八幡市の安養寺遺跡で出土した墨書土器など出土品の展示や、土器の復元作業の見学などがあった。
このほか、07年度に発掘された塩津港遺跡(西浅井町)で木簡が出土したことなどにちなみ、長さ3センチ、幅15センチのヒノキ製の板に文字や絵を書く木簡のレプリカ作り体験もあった。
訪れた人たちは、古代の人々にならい自分の名前や、人の顔を描いて人形(ひとがた)などを作り、いにしえの習俗に思いをはせていた。

[PR]
by azch | 2008-02-25 12:58 | 観光ネットワーク

JR安土駅

開業時の姿 今も健在 JR東海道線「安土」
京都新聞


かつては歴史の表舞台に立った安土。ノスタルジーを秘めた雰囲気が漂う
駅周辺を彩る唐破風(からはふ)様式の交番、地下道の屋根を飾る八角形の南蛮風天主塔のハイカラさ。さらに駅前の教会を想起させる2つの白亜のビルも異国風だ。
それに比べ駅舎は、素朴でノスタルジックな感傷さえ誘う。初めて降りた観光客らを「ほっとさせてくれていいわねえ」とか「遠い昔を思い出す」などと言わしめるのもなるほどとうなずける。

JR東海道線の「安土駅」である。瓦ぶき木造平屋。正面に掲げられた駅名を記す看板はあるが目立たないだろう。それもそのはず、大正3(1914)年4月25日に開業して以来、駅舎は当地で90余年の星霜を刻み、町を見続けているのだから。
 「県内の沿線で開業当時のままというのは、稲枝駅(彦根市)とうちぐらいじゃないですか」と駅員。とはいえ安土駅は、事故などの際の折り返し駅で、駅員6人はみんなJRの正社員である。無人駅や委託駅などと違い、泊まり勤務もある重要駅なのだ。
安土といえば駅舎こそ小さいが、かの織田信長の命によって築城された安土城が観光の象徴として全国的に知られた町である。それを駅前周辺の風景をはじめ信長像、織田桜は教えてくれる。
築城開始から3年後の1579年、信長が移り住んだ五層七重の天主閣は金箔に彩られ、空にそびえ輝いていたという。しかし1582年、本能寺の変で主を失うと天主も本丸も焼失。
今年2月、日本城郭協会の日本100名城の一つに選ばれた。しかし、駅から徒歩約25分の安土山ふもとにある城跡の石垣や階段が、ただ往時を物語るのみである。

駅前地下道をくぐり抜けた所に安土町城郭資料館=写真下=がある。昨今は、NHKの大河ドラマや信長ブームも手伝い入館者が多い。特に館内に置かれた20分の1の安土城の模型やローマに渡った屏風絵の複製が人気を集める。
確かに「観光客は、昨年10月の6万8400人が、今年は同月で1・6倍になると予測している。今年6月のあづち信長まつりには町の人口1万4000人を上回る2万人以上が訪れた」と町産業振興課。もちろん、レンタサイクルや徒歩で駅舎から2、30分で行ける近江風土記の丘に立つ信長の館、文芸の郷、考古博物館など県の施設も観光客の誘致に大きな役割を果たしていることはいうまでもない。
こうした観光客の誘致、歴史と文化の町づくりに駅舎を取り込もうと、町商工会はさまざまな振興策を打ち出す。「駅に降りたら年代物の駅舎、そして安土城…。
訪れる観光客らがタイムスリップしたように感じる町づくりを目指したい」と強調する。

手始めに6月、豊浦港から安土川を上り、安土城の外堀まで行く約2キロのクルージングコース(約30分)を試験運航させたが、「今後は春秋のシーズンに観光客たちを乗せて実施、新たな観光の目玉に」(町、商工会)としており、安土駅を玄関口とした歴史と文化の町は、今、大きく動き出そうとしている。


常浜水辺公園(安土町常楽寺)
常浜は「西の湖」の南に位置、観音寺城の外港で港町として物資搬入出で大いに栄えた。
中心の観音寺城は中世、近江源氏・佐々木六角氏の居城で、山城としては日本最大の規模を誇り、国の史跡指定になる。常浜は観音寺が廃墟となった後も港としての機能を維持。
昭和の初めごろまで琵琶湖に就航する蒸気船の寄港地として使われた。ここに設けられたのが水辺公園。水郷に沿って橋が架けられ、芝生の上には休憩場などがあり、のんびり散策などが楽しめる。
付近には数多くのわき水があり、織田信長の家臣が主君に茶を献上した際使ったという梅の川が流れる。
[PR]
by azch | 2008-02-21 23:10 | 安土観光拠点

JR安土駅前放置自転車撤去

JR安土駅前無料駐車場の整備
駅前の懸案であった無料駐車場が18日から閉鎖され、放置自転車も撤去、駅前の景観も大きく向上しました。

滋賀報知新聞
無料駐輪場を閉鎖  安土町 放置自転車撤去
有料の公営駐輪場を整備へ =駅周辺の景観美化にも期待=

安土町は18日、JR安土駅前の自転車・バイク用無料駐輪場を閉鎖した。4月からの新年度に新たに公営有料駐輪場を整備するための議案が来月開会する3月町議会に提出される。
町では看板や広報などを通じて無料駐輪場の閉鎖及び駅周辺を含めた放置自転車の撤去を周知し、近くの民間駐輪場を利用するよう呼び掛けるなどした結果、4百台ほどあった自転車のうち約8割がこの日の朝までに移動を済ませ、2割の80台ほどが移動されず放置されたままとなっていた。
前日からの雪をかぶった自転車は、町担当職員や町シルバー人材センターの会員の手によって次々と軽トラックに積み込まれ、駅南側の町有地に強制撤去された。
町では今週一週間保管して、最終的に所有者が取りに来ない自転車については、25日に処分することにしている。
同駐輪場は公衆トイレなどと共に観光客などの自動車のための駐車スペースとして整備されたが、駅前の放置自転車問題解消のために、数年前から自動車用スペースを一部残して、無料駐輪場として開放して来た。
しかし、古くから経営を続けて来た民間有料駐輪場からの客離れなど経営者への影響も大きく、利用者の駐輪マナーも悪いなど、当初から改善を訴える声が多く上がっていた。
今回の閉鎖に伴って、駅周辺での無料駐輪場はなくなった。利用者が少しずつ戻って来ている民間駐輪場もあるとのことで、今後、自転車利用者のマナー向上で駅周辺の景観美化にも期待が寄せられている。

[PR]
by azch | 2008-02-20 22:59 | 安土観光拠点

よしきりの池

郷土は水鳥の来るまち 双眼鏡でじっくり観察 2月10日
=安土町 よしきりの池で=


滋賀報知新聞
安土町の小中之湖地域環境保全会(田中信弘代表)は、世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策の一環として、このほど同町下豊浦にある西の湖自然ふれあい施設のよしきりの池周辺で水鳥観察会をはじめて実施した。
観察会には地元の小学生や大人二十人あまりが参加。B&G海洋センターで田中代表は、「郷土は自然環境に恵まれている。普段何気なく眺めている鳥類に興味をもちながら郷土を見れば、きっとすばらしいものになる」とあいさつした。
続いて野鳥に詳しい日野町立南比都佐小学校の関川雅之校長から、野鳥の種類や渡り鳥の特徴、県内で見られる水鳥の見分け方、雄が鮮やかに色づくわけ、水鳥を守るために世界に広がる「ラムサール」条約、双眼鏡の使い方、水鳥観察時の注意事項などについて説明を受け、早速よしきりの池へ。

よしきりの池は、小中之湖地区の農業・生活排水を浄化して西の湖へ戻して、農業用水として再利用するための人工池で、ヨシや魚などの動植物も多く生息し、水鳥もやって来る。
参加者は、双眼鏡やフィールドスコープを使って熱心に水鳥の動きを観察していた。この日は、首から頭にかけて茶色くて、くちばしから頭頂部が黄色のヒドリガモや頭が茶色で目の所に緑の帯があるコガモを観ることができた。また、鳥の鳴き声も聞くことができ、関川さんから何の鳴き声か教えてもらっていた。また、反対側の西の湖にも移動して、マガモやアイガモなどの姿を追った。
このあと参加者は安土西の湖観光の奥田修三さんの船に乗せてもらい、雪の西の湖を湖面から観察し、西の湖の自然や環境などについて学んだ。

[PR]
by azch | 2008-02-18 21:54 | 観光ネットワーク

安土城考古博物館入館者90万人記念セレモニー

安土城考古博物館入館者90万人達成
滋賀県立安土城考古博物館では、平成20年2月16日(土曜日)に、開館以来の総入館者が90万人に達成。
平成4年11月に開館して以来、およそ15年3ヶ月で達成しました。
博物館では、入館者90万人を達成した記念として、90万人目の入館者に記念品を贈呈するなど、下記のセレモニーを実施しました。

開催予定日時:平成20年2月16日(土曜日)午前11時頃(予定)
場所:安土城考古博物館玄関ロビー
内容:(90万人目)認定書の交付、花束、記念品の贈呈


京都新聞(2月17日)
90万人目は修学旅行生 安土城考古博物館の入館者


安土城考古博物館(滋賀県安土町下豊浦)の入館者が16日、90万人になり、記念セレモニーが開かれた。
90万人目は、神奈川県鎌倉市の栄光学園中3年生の生徒たち73人で、修学旅行の途中で立ち寄ったという。
記念セレモニーは、生徒代表の宮崎文隆君と市来達志君に、大崎悦男館長から証書と花束が手渡された。
同館は、1992年11月に開館。入館者数は94年度に最高の約8万4000人をピークに、毎年5万人前後で推移している。現在は開館15周年記念展「信長と安土城」を開催中で、これまで収集してきた織田信長を中心とする戦国時代にまつわる資料を展示している。


開館15周年記念 第35回企画展 開催中
信長と安土城 ―収蔵品で語る戦国の歴史―

e0093407_2015575.jpg

平成20年1月19日(土)~3月30日(日)
開館時間:午前9時~午後5時(ただし入館は午後4時30分まで)
入館料:大人350円(280円) 高大生250円(200円)小中生150円(120円)
※( )は20人以上の団体料金です。 
※「信長の館」との共通券もあります。
休館日:月曜日(祝・休日を除く) 
但し、2月11日(月)は開館し2月12日(火)は休館

主な展示資料(◎は重要文化財、□は県指定文化財、△は市町指定文化財)
◎鉄鐔(摠見寺蔵)・△織田信長像(摠見寺蔵)・六角義賢書状
□六角氏式目(個人蔵)・□崇永版大般若経(正禅寺蔵)・近江堅田関係書状集
織田信長判物・安土記・伝織田信澄所用鎖帷子(個人蔵)・勝楽寺文書
豊臣秀吉画像復元模写(原本:多賀大社蔵)・長篠合戦図
安土城跡出土鯱瓦片・徳川家康画像・近江膳所城絵図・金沢城内絵図
□竜王町左右神社文書(左右神社蔵)△安治区有文書(安治区蔵)
□霊仲禅英墨蹟(曹源寺蔵)など200点余を前後期に分けて展示します。
[PR]
by azch | 2008-02-17 12:36 | 観光ネットワーク

「信長の館」天主の特別観覧

天主特別観覧 
~信長が畏怖した神秘の空間を体験しよう~

2月9日(土)~11日(祝) 9:00~16:00
本来は入ることの出来ない天主内部。
信長の独自の世界観が表現されています。
3日間だけの、特別観覧。どうぞお見逃しなく!
※入館料とは別途500円必要です(おひとり様) 
e0093407_1803810.jpg

平成19年8月4日(土)に、平成6年5月オープン以来、100万人目の入館者を迎えました!
今回2月9日より3日間『安土城天主信長の館』来場者100万人突破記念イベントを開催
天主内の異空間で信長公の気分を味わえるイベントです。
e0093407_17262165.jpge0093407_17265612.jpg










e0093407_17273843.jpge0093407_1728277.jpg










e0093407_17315997.jpge0093407_17285767.jpg










e0093407_17292498.jpge0093407_17294470.jpg











京都新聞記事(2月10日)
金色に輝く豪華内
安土城天主の復元模型を置いている安土町桑実寺の「安土城信長の館」で9日、天主の特別観覧が始まった。

観光客 信長気分で記念写真
同館には1992年にスペインのセビリア万博に出展された模型の5、6階部分が展示されている。昨年8月に、同館入場者が百万人を達成したことを記念し、普段は入ることのできない5階部分の特別観覧が決まった。
六角形の5階部分には、金箔が張られ仏教の世界をイメージした釈迦などの絵が描かれている。訪れた人たちは、金色の豪華な内装に目を見張っていた。
また、中央部分に敷かれた畳の上で陣羽織を着て写真を撮ることもでき、織田信長気分に浸リ記念写真に収まる観光客もいた。
特別観覧は11日まで。同餌入館料のほかに、特別観覧料金一人5百円が必要。

e0093407_17245763.jpg

[PR]
by azch | 2008-02-12 21:16 | 観光ネットワーク

ヨシ刈りボランティアオープニングイベント

ヨシ刈りボランティアオープニングイベント「西の湖 宝さがし」

今年も、2月11日西の湖ヨシ刈りボランティアが実施されました。

ヨシ刈りボランティア
安土町にある西の湖では水質浄化に役立つとされるヨシの刈り取りがおこなわれ、県内外からおよそ250人が参加しました。このヨシ刈りボランティアは、東近江水環境自治協議会などがヨシ刈りを通じて参加者らに環境の大切さを見つける場にしてもらおうと毎年おこなっているもので、県内外からこれまでで最高のおよそ250人が参加しました。参加者らは通常より長い鎌を持ち、大人の背丈を大きく上回るおよそ4メートルにまで成長したヨシを力を込めてひと株ひと株刈り取っていきました。作業の合間には、西の湖を良く知る協議会の会員がヨシとアシの違いを語るなど和やかな雰囲気で進められていました。

ヨシは、3月の新芽から3ヶ月余りの短い期間で4メートル以上にまで成長する生命力の豊かな植物です。その成長の過程で水中のチッソやリンを吸収して水を綺麗にする浄化作用があるところから、古来「けがれ」を祓う茅の輪や破魔矢に活用されてきました。同時に二酸化炭素の吸収で、地球温暖化の防止にも役立っている植物です。
しかし、ヨシはこの時期に刈り取ってヨシ原から外へ出さないと浄化の働きを完全に果たしたとは言えません。ヨシの手入れに皆様の参加をお願いします。きっと宝物が見つかると思いますよ。

と き:平成20年(2008年)2月11日(月・祝日)10時~15時頃まで
ところ:安土町下豊浦 車の方はやすらぎホールへ集合
JR利用の方は安土駅からシャトルバスでヨシ原近くのJAグリーン近江カントリーエレベーター駐車場へ案内。
2日前の大雪の間の絶好の暖かい日となり、250名を越える参加で大いに賑わいました。
e0093407_18111013.jpge0093407_1824267.jpg










e0093407_1831025.jpge0093407_183268.jpg










e0093407_1835430.jpge0093407_184828.jpg










e0093407_1844381.jpge0093407_185088.jpg










e0093407_1853416.jpge0093407_1855085.jpg











e0093407_1861588.jpge0093407_1865339.jpg










e0093407_1871958.jpge0093407_1873981.jpg










イベントの内容
☆ヨシ刈り体験
10時~12時下豊浦大船渡地先のヨシ地でヨシ刈りの体験
12時には、昼食のためやすらぎホールへ船またはバスで移動。

☆ ヨシ笛ミニコンサート 昼食・休憩時(12:10~13:00)に菊井 了さんと
近藤ゆみ子さんによるヨシ笛ミニコンサートを開催。

★ 午後からは同じ場所でヨシを活かした教室を開催。
(13時~15時頃まで)。
☆ヨシペン画教室:ヨシペン画家 諸籐浩之氏による指導
☆西の湖の押し花絵・ヨシ工作教室:当会の小グループの皆さんが指導します。
☆舟から見る西の湖とヨシ原観察教室:
和船に乗って西の湖とヨシ原の風景(安土地区)、と飛来している野鳥を観察。
[PR]
by azch | 2008-02-11 22:44 | 観光ネットワーク

特別史跡安土城跡の調査・整備事業が2008年度で終了

安土城跡20年間の調査・整備事業が本年度にて終了されることが決まりました。

京都新聞記事(2月9日)
安土城跡 8割未調査で終了へ 08年度期限、県財政難で継続せず
発掘を担当、城郭研究所 史実明かせず落胆

滋賀県安土町にある国の特別史跡安土城跡の調査・整備事業が2008年度で終了する。
これまでに調査が終わったのは史跡指定面積の2割で、織田信長が天下布武の拠点として築いた城の全容解明は後世に託されることになった。発掘調査を担当してきた県安土城郭調査研究所は「調査を続ければまだ明らかになることも多かったはず」と落胆している。

安土城跡の調査・整備事業は1989年度から20年計画で始まった。
天守跡や大手門周辺、伝羽柴秀吉邸跡などの屋敷地などを調査、整備し、城の基本構造が次第に明らかになってきた。
同研究所によるとこれまでに調査、整備を終えたのは史跡指定面積96ヘクタールのうち約17ヘクタール。眺望が開ける八角平は手つかずのままで、ボルトガル人宣教師ルイス・フロイスが書き記した山中の庭園の有無も確認できていない。主郭部のとりで3カ所も未調査だ。
すべて整備を終えるには50年から100年は必要といい、財政構造改革を進める県は、計画の景終年度となる2008年度以降は事業を継続しないことを決めた。史跡近くを通る県道の改良工事に伴い、信長が京都に上るため整傭した「下街道」の発掘調査などの将来構想もあったが、実現の可能性は不透明という。
同研究所の近藤滋所長は「この20年で基本構造が分かり、ほかの城と比較できるようになって
きた。こんな状況だから仕方ないが、防御の遺構などを整傭できず、県民の期待に応えることができないのは残念Lと話している。
安土町の津村孝司町長は「やり残したことがたくさんあると聞いている。やがてまた再開できる時が来ると期待している」.としている。

e0093407_1947351.jpg

県城郭調査研究所の見解
大手門周辺地区の整備が完了しました
平成16年度から発掘成果を基に進めてきた大手門周辺地区の整備が、公衆便所部分を除いて完了しました。平成16・17年度で東西石塁より上部側を整備し、平成18年度では、東西石塁前の広場を中心に整備を行いました。大手前広場は発掘調査によって南北44m、東西100m程であったと推定されていますが、現在はその中央に町道が走っているため、部分的な復元となっています。なお、大手門そのものは後世の改変によりほとんどの礎石等が失われており、その形状を知る手がかりは得られていません。

平成元年度から20カ年計画で始めました安土城跡調査整備事業のうち平成4年度から始めました環境整備につきましては、今年度をもちまして終了します。整備工事を行いました範囲は、安土城跡全体の約14%ほどです。まだまだ解決されていない遺構があるほか、未調査地区も広範囲にあり、調査するたびに新しい発見と新たな疑問点が出てくると思います。これら未知の部分の解明については私たちの後身に託して、さらなる「信長の夢」を追求していただきたく存じます。
[PR]
by azch | 2008-02-10 22:39 | 観光ネットワーク

安土城跡発掘調査・百々橋-大手間の南山裾郭の環境整備工事

百々橋-大手間の南山裾郭の環境整備工事
20年間の安土城跡調査整備計画の最終年度に入り、百々橋から大手間の石積み工事がはじまりました。

最終年度に入り、南山裾帯郭群から新たな虎口が2個所見つかり、「西虎口」「東虎口」と仮に名づけられ、整備が進んでいます。

県城郭調査研究所の見解
大手口の西枡形虎口から百々橋口までの南山裾には、東西方向に狭く長い郭が続いています。郭の南面石垣に沿って側溝があり、百々橋から大手まで内堀との間は通路となっていることが、平成13年度の発掘調査で明らかになっています。
平成19年度は百々橋-大手間の南山裾郭の環境整備工事を行っていますが、この工事に先立って発掘調査を行ったところ通路に面して新たに虎口が造られていることが分かり、さらに石垣復元工事で築城時の築石まで掘り下げている最中にもう1箇所虎口が見つかりました。2つの虎口は、百々橋-大手間のほぼ中間にあって、上下2段に分かれる郭の通路に面する下段郭のそれぞれ西端百々橋側と東端大手側に位置し、両者は約23.5m離れています。今回は、西端で見つかった虎口を「西虎口」、東端で見つかった虎口を「東虎口」と仮の名前をつけました。
西虎口の幅は約4.5mで、入り口に石段が1段設けられ、石段の内側は堅く踏みしめられたゆるい上り勾配の通路状です。その奥は西の上段郭に取り付く石段の踊り場となっています。虎口西端の石垣沿いには、側溝の縁石を兼ねた土壁の土台となる地覆石(狭間石)の石列と柱と柱の間の距離(柱間寸法)約1.8m(6尺)を測る礎石2基、礎石抜き跡1基が残っていました。また、礎石が小さく土壁が付くことからこの建物は薬医門や棟門のような重厚な門ではなく、東西方向に棟を持つ梁行き2間、桁行き2間以上の建物で、その西側2間分が出入り口となっていたと考えられ、この虎口の東側は通路に面して土塀があったとみられます。
虎口内の1段上がった踊り場からは、西向きに上段郭へ上がる石段が設けられていました。石段は、幅1.7m、奥行き2.7mで、最下段と南辺に側溝が付き、南東隅で虎口西端の側溝と繋がっています。この石段の北側には用途・目的等が分からない石段と同じ勾配を持つ幅1.2mのスロープが付いています。石段を上がった所からは百々橋方面と大手口方面の両方が見渡せます。柱を受ける礎石は残っていませんが虎口との位置関係などから、物見櫓のような建物があったと想像しています。
e0093407_17343966.jpge0093407_17351944.jpg










e0093407_17354435.jpge0093407_17355984.jpg










e0093407_17362951.jpge0093407_17365581.jpg










e0093407_17372845.jpge0093407_17374396.jpg










e0093407_1738622.jpge0093407_17382020.jpg











中日新聞記事(2月9日)
安土城 石垣沿い通路は城内だった 2ヶ所目の虎口発掘
県安土城郭調査研究所 防御性低い構造

織田信長が築いた安土城(安土町、東近江市)の城跡南側の石垣から、城郭の出入り口「虎口」の遺構が新たに確認され、県安土城郭調査研究所が八日、発表した。近くで昨秋見つかった虎口と同様、防御性は低く、研究所は「石垣に沿った通路は、家臣らが使った城内路であったことを裏付ける発見」としている。

研究所によると、虎口の遺構は幅約4.5メートル、奥行きは約4メートル。幅約90センチの石段が三段あり、大手門と西側の百々橋口のほぼ中間に位遺している。東側こ幅約30センチの石組み側溝があり、南側通路の側溝こつながっていたとみられる。
虎口は廃城後、畑になっていた場所の土留め石を取り除き、築城時の石で積みを再現する工事の過程で出土した。昨秋、約23.5メートル西で見つかった虎口とほぼ同規模だった。
これら二つの虎口が確認されるまでは、石垣が城域の南端で、石垣沿い通路(長さ約400メートル、幅約6メートル)は商人や庶民らが通行した城外路だったとみられていた。
ところが、これらの虎口は礎石の規模などから敵の侵入を防ぐ「枡(ます)形虎口」ような重厚な造りではないことが判明した。
研究所は「通路は武士や家臣らが使った城内路だった」と結論付けた上で、近世城郭と同様、内堀が外郭であったとみている。


e0093407_19373498.jpg


滋賀報知新聞
新たに立派な虎口が出現 「外郭は内堀」が濃厚に
=安土城跡整備の発掘調査=

特別史跡安土城跡の調査および整備事業を行っている安土城郭調査研究所はこのほど、今年度実施している南面山裾部での発掘調査で通路に面して新たに二つめの虎口(出入り口)を検出したと発表した。これにより、これまで一般の人も通行できる城外路と考えられて来た百々橋から大手口の前に通じる通路が、実際には城内路であり、安土城の南の外郭はさらに南側の内堀になることが確実になった。
発見されたのは、昨年秋に発表された虎口(西虎口)から約二十三・五メートル東(大手側)の「東虎口」。虎口の幅は約四・五メートルで、入り口に石段が三段分残っている。踏み石は六十センチから一メートルの大石が使われ、踏み代幅も九十センチある。

虎口東側の幅約三十センチの石組み側溝は南側の通路側溝につながっていたと思われる。側溝奥に六十センチ大の礎石とみられる石が検出されたが、対になるものが見つからず、門の礎石かどうか不明。
また、この礎石らしき石の上面と西虎口奥にある踊り場の面の高さがほぼ一致することから、この間の当初の遺構面はほぼ残されていることがわかった。東西両虎口の間口は同じだが、踏石や虎口内の構造の違いから、用途が異なるかもしれない。

西虎口が防御性の弱い平屋の建物らしく、それより立派な東虎口が今回見つかったことから、通路は城内路であることが確実となり、西の百々橋口と、東の下街道に面した江藤の丘あたりで一般人の通行を禁止するなんらかの閉鎖施設の存在が浮かび上がり、安土城の南の外郭が内堀になることを示すものとなった。

[PR]
by azch | 2008-02-09 21:24 | 観光ネットワーク

安土城・摠見寺再建計画学生競技設計(コンペティション)

今回摠見寺再建計画コンペが提案されました。
内容は下記の通りですが、商工会も協賛として参加しており本年度注目にて見守っていきます。

「安土城・摠見寺再建計画学生競技設計(コンペティション)」への参加のお願い

経緯と趣旨
摠見寺は滋賀県蒲生郡安土町安土山にある臨済宗妙心寺派の寺院です。天正年間に安土城築城に伴って、織田信長によって建立されました。開山は、織田一族の犬山城主織田信安の三男で禅僧の剛可正仲とされています。
同寺院は織田信長が近隣の杜寺から多くの建物を移築し、建立したと伝えられています。
江戸時代の寺領は227石5斗余りで、18世紀末には本堂、三重塔、仁王門、書院、方丈など22棟の建物があったことが確認されています。しかしながら、安政元年(1854年)主要な建物のほとんどを焼失してしまい、焼失を免れた三重塔と仁王門を除き、本堂も礎石を残すのみとなってしまいました。その後、伝徳川家康邸跡を仮本堂とし、現在に至っています。
掬見寺・現住職・加藤弘文師は、150余年前に焼失してしまったこの掬見寺を再建したいという思いを暖めておられます。実現に向けては、文化庁の指導、財源など多くの問題がありますが、まず、案が必要になります。「信長公ならこんな空間を構想・実現したに違いない、という発見的・魅力的な再建案はできないか」、「若い学生たちの自由な発想に期待したい、協力願えないか」、という相談が布野にありました。近くに居てたまたま出会い、同郷である、といった不思議な偶然の縁です。若干の賞金も用意して頂けるということです。
復元を考えると、'慎重な調査が必要になりますが、まずは構想をまとめあげるためのコンペを企画したいと思います。是非、参加願えればと思います。

布野修司
滋賀県立大学大学院環境科学研究科1環境計画学専攻
環境科学部1環境計画学科・環境建築デザイン専攻
滋賀県彦根市八坂町2500〒522-8533  tel 0749-28-8200(代表)0749-28-8272(研究室)

参加要請大学
滋賀県立大学環境建築デザイン学科(松岡・陶器・高柳・高田・冨島)
滋賀県立大学生活デザイン学科(山根周)
京都造形大学.(横内敏人)
京都工業繊維大学(松隈洋・日向進)
鳥取環境大学(浅川滋雄)
早稲田大学(中谷礼仁)他


京都新聞記事(1月19日)
天下に響く再建案待望 学生対象に今秋コンペ

織田信長が建立し、滋賀県安土町下豊浦の安土山にある摠見寺が、江戸陣代に焼失した本堂再建案のコンペを今秋に実施する。将来は、コンペの案を基に実際に再建したい意向で、建築を学ぷ学生らから案を募る}。
摠見寺は1576(天正4)年に信長が創建して菩提寺にしたとされ、国の特別史跡、安土城跡内にある。ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの「日本史」にも記述がある。現在は臨済宗妙心寺派の寺院。
本堂は琵琶湖を望める山腹に密教形式で建てられていた。安土城廃城後も残っていたが、1854(嘉永7)年に火災で焼失し、現在は礎石だけが残っている。
同寺の加藤耕文住職が滋賀県立大の布野修司教授(環境建築学)こ依頼し、本堂再建に向けてコンペを行うことにした。
布野教授によると、参加できるのは建築を学ぶ学生を主体とするチームで、大学教員や建築家、大工棟梁など専門、家の指導を受けることが条件となる。
県教委の発掘調査報告のほか同寺に伝わる絵図、本堂跡の礎石などを参考に、内部の構造、外観を考え、百分の一の本堂平面図とともに再建案の模型などを提出してもらう。
3月には現地で説明会を開き、11月22日に同町内で、加藤住職をはじめ県立安土城郭調査研究所の近藤滋所長や建築学の専門家ら7人でつくる委員会で審査する。最優秀賞には賞金80万円を贈る予定。間い合わせは布野研究室(0749-28-8272)
e0093407_19221857.jpg

[PR]
by azch | 2008-02-05 19:16 | 安土観光拠点
line

信長の安土城跡を始め貴重で豊富な歴史文化・自然環境を活かした「安土まちづくり」情報を発信


by azch
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31