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「安土城・摠見寺」再建コンペ

「安土山摠見寺」再建 学生競技設計(コンペ) 公開審査会
「安土城・總見寺」再建学生競技設計の公開審査会が安土城考古博物館に於いて11月22日午後1時開催されました。10チームの大学から總見寺模型、設計図及びグラフィックなどによるプレゼンテーションが行われ、どのような発想で再建案を生み出したのか説明をした後に公開審査のもと下記の大学が受賞されました。

題名  代表者  大学
★最優秀賞: 上総介ヲ宿ス(川井 操) 滋賀県立大学大学院
★優秀賞: 仏を超えた織田信長-信長の世界を表現した總見寺-( 岡垣 頼和) 鳥取環境大学
★佳作: 穿かれた本道、光を捕まえる(西村 祐人) 東京大学大学院
安土山總見寺本堂再建-多宝塔と密教本堂の垂直重合による建築革新-( 高橋 俊也) 滋賀県立大学大学院
★観光協会特別賞: 安土城・總見寺再建計画 (今出 端穂) 九州大学大学院
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背景
摠見寺は滋賀県蒲生郡安土町安土山にある臨済宗妙心寺派の寺院です。天正年間に安土城築城に伴って、織田信長によって建立されました。開山は、織田一族の犬山城主織田信安の三男で禅僧の剛可正仲とされています。同寺院は織田信長が近隣の社寺から多くの建物を移築し、建立したと伝えられています。
江戸時代の寺領は227石5斗余りで、18世紀末には本堂、三重塔、仁王門、書院、方丈など22棟の建物があったことが確認されています。しかしながら、安政元年(1854年)主要な建物のほとんどを焼失してしまい、焼失を免れた三重塔と仁王門を除き、本堂も礎石を残すのみとなってしまいました。その後、伝徳川家康邸跡を仮本堂とし、現在に至っています。
摠見寺は、150余年前に焼失してしまったこの摠見寺を再建したいという思いを暖めています。実現に向けては、文化庁の指導、財源など多くの問題がありますが、まず、案が必要になります。「信長公ならこんな空間を構想・実現したに違いない、という発見的・魅力的な再建案はできないか」、「若い学生たちの自由な発想に期待したい」というのがこの競技設計(コンペティション)の出発点にあります。

摠見寺本堂再建計画の条件
 A.復元を基本とします。
 B.すなわち、摠見寺本堂は旧位置(現在本堂礎石が残る場所)に再建するものとします。
 C.摠見寺本堂は木造にて再建します。
 D.外観に関しては絵図等を参照し、蓋然性のあるものとします。
 E.内部のディテールなどについては厳密な考証を必ずしも問いません。
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by azch | 2008-11-23 21:50 | 観光ネットワーク
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信長の安土城跡を始め貴重で豊富な歴史文化・自然環境を活かした「安土まちづくり」情報を発信


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