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幻の屏風絵「安土城之図」探索プロジェクト

安土城の本当の姿を求めて
安土町幻の屏風絵「安土城之図」探索プロジェクトを、観光ネットワーク団体も大きな期待を持って応援していきます。
安土町HP内の調査担当のブログから一部を紹介します。
詳しくはビョウブログを見てください・・・
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上記屏風絵は大野俊明氏によるもの(05年)。本物の屏風はまだ見つかっていない。

2005年屏風絵探索プロジェクトの概要
プロジェクトの目的
現地調査により、行方不明となった屏風絵の手がかりを探る。
屏風絵発見に向けて、関係者に調査協力を依頼する。
調査の方法
現地の研究者等へ「屏風絵」に関するヒアリングを行う。
「天正遣欧使節」に関する記録などから屏風絵の行方を探る
当時の文献(イエズス会資料)などから、屏風絵の行方を探る。
調査・協力依頼の対象
・バチカン関係機関<博物館(美術館)、伝道民族学博物館>
・グレゴリオ13世末裔宅
・イエズス会関係
・学術研究機関<ベネチア大学>
・天正遣欧使節に関する施設
・大使館等
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過去の探索経過1970~80年代
歴史・建築研究者の中で、「安土城の本当の姿」について議論が巻き起こる。
幻の屏風絵「安土城之図」が注目される。

1984年
滋賀県が中心となって、バチカンを現地調査。屏風絵の所在は突き止められず。
1992年
スペイン・セビリア万博にて、安土城天主が復元・展示される。
1994年
安土町文芸の郷に、安土城天主「信長の館」オープン。
2004年
安土町、20年ぶりに屏風絵に関する調査をスタート。
2005年
現地調査(2005年屏風絵探索プロジェクト)を行う。
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今も残る安土城の謎
安土城は、1582年に完成からわずか3年で焼失。
その全容を知る資料は未だ見つかっていない。
なぜ「屏風絵」が重要なのか
屏風絵には安土城とその城下町が描かれている。
信長は、絵が実際と少しでも異なっていた場合、そのつど何度も作者に書き直させた。
つまり、屏風絵を見ることで、当時の安土城の姿をかなり正確に知ることができる!
バチカンに渡った屏風絵
作者は当時ナンバーワンの画家(狩野永徳?)
サイズはおよそ、縦2m、横7.2m?(折り畳まれて、横1.2mの箱に入っていた)
信長は、この屏風をたいへん気に入り、ごく限られた人にしか見せなかった。

屏風絵と天正遣欧使節
信長は、1581年に安土を訪れたイエズス会巡察師のヴァリニャーノにこの屏風絵をプレゼント。
安土や京都で展示された後、ヴァリニャーノと4人の日本人少年たち(天正遣欧使節)と共に長崎を出航。
ヨーロッパ各地を巡り、およそ3年半の旅を経て、屏風絵と天正遣欧使節はローマ・バチカンに辿り着いた。

行方不明になった屏風絵
地球の裏側からやってきた4人の日本人をヨーロッパの人々は大歓迎。
天正遣欧使節は、当時のローマ法王・グレゴリオ13世に謁見。屏風絵を献上。
法王は感激し、法王の住居と執務室を結ぶ廊下(地図の回廊)に屏風絵を飾った。
しかし、その直後、グレゴリオ13世が急死。
屏風絵の行方は分からなくなってしまう…

今後の調査の進め方
イタリア・バチカン
下記の3ヵ所を中心に、現地調査(委託)を行う。
1.イエズス会関係
2.バチカン博物館(秘密の倉庫)
3.グレゴリオ13世末裔関係
必要に応じ、調査団を現地へ派遣する。

日本国内
有識者による探索プロジェクト・ネットワークの構築を目指す

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by azch | 2006-02-11 21:28 | 観光ネットワーク
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信長の安土城跡を始め貴重で豊富な歴史文化・自然環境を活かした「安土まちづくり」情報を発信


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