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安土城考古博物館・春季特別展

参加者募集「城下町と安土街道」

=6月8日県教委=

県教委は六月八日に催す近江戦国探訪「安土城下町と安土街道」の参加者を募集している。
 安土城の城下町・常楽寺から延びる安土街道は、八日市で御代参街道に接続し伊勢へと繋がる当時の主要道で、「本能寺の変」の直後、蒲生氏郷が安土城内に居た信長の妻子を日野に逃がす時に通った街道と考えられている。
 当日は、安土町観光ボランティアと県教委の専門職員が安土街道と常楽寺地区周辺の文化財を案内する。時間は午後一時から同四時半までで安土駅に集合、解散。
 浄厳院、沙沙貴神社、旧伊庭家住宅、惣溝どて推定地、常楽寺湊跡を訪ねる約六キロコース。参加費四百円。定員六十人で先着順(六月六日締切)。参加申込みと問い合わせは、安土町の県教委城郭調査事務所(TEL0748―46―6144)へ。


安土城考古博物館・春季特別展「しのぎをけづり、鍔(つば)をわり」

=近江勢力の城と信長「天下布武」のプロローグ=
城と信長をテーマに安土城考古博物館で開かれている春季特別展
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 安土城考古博物館の春季特別展「しのぎをけづり、鍔(つば)をわり」(滋賀報知新聞社後援)が開かれている。
 今回は、天下取りを目指して近江国に侵攻してきた織田信長を北の浅井氏、南の六角氏などの近江勢力がどのように迎え撃ち、戦ったのかを城から紐解く企画展。
 近江は、千三百か所以上もの城跡がある全国的に知られた歴史深い地域。特に室町~戦国時代に築かれた砦としての城が多く、頑丈な石積みと優美な天守で威容を誇る城郭は、信長が築城した安土城から始まったといわれる。
 城は、戦略拠点としての役割だけでなく将軍とその家族の生活の場でもあり、近江の勢力図を左右する大事な要素となった。今回の展示では、こうした城が果たした様々な戦略的機能や役割にスポットを当てることで、天下布武の象徴的建物となった安土城がどのようして誕生したのかをクローズアップしている。
 第一章「争乱の近江1」では、伊吹山南山麓に集中する京極氏に関連する城や館、出土品をはじめ、争奪戦が繰り広げられた佐和山城(彦根市)、延暦寺と湖西勢力の分断の場となった宇佐山城(大津市)、日本五大山城の一つに数えられる小谷城(長浜市)などを取り上げている。
 第二章「争乱の近江2」では、佐々木六角氏の山城「観音寺城」や小脇郷館(東近江市)、金剛寺城(近江八幡市)、六角氏が信長の攻撃により終えんを迎えた鯰江城(東近江市)、信長の焼き討ちで全ぼうが焼失した百済寺(同)、信長の宿所として利用された上永原城(野洲市)を紹介。
 信長が近江で繰り広げた焼き討ちの兵火に備えて村人が門前の田んぼに埋めて焼失を逃れ、土中から掘り出されたことからその名がついた「いも観音」や織田軍の戦火で被災した「僧形座像」も展示されている。
 第三章「平定される近江」では、天主を有する城としては最古級といわれる「坂本城」、湖上水運の拠点として湖岸に造られた「長浜城」、日本三大名橋の「唐橋遺跡」などを解説している。
 エピローグでは「安土城築城へ」と題して壮大な石垣を用いた観音寺城や頑固な要塞として知られる小谷城など、戦乱を通して見てきた数多くの近江の城から影響を受けた信長が最後に造った安土城を湖面を囲んだ防御面から見た機能や天下統一の政治的な役割などについて説いている。
 会場には、城跡などからの出土品、城の古図、古文書など百五十点が関連資料として展示されている。
 特別展は、六月十六日まで。入館料大人八六〇円、高校大学生六一〇円、小中学生四百円。開館は午前九時~午後五時(入館は午後四時半まで)。問い合わせは、同博物館(0748-46-2424)へ。
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by azch | 2013-05-11 23:27 | 観光ネットワーク
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信長の安土城跡を始め貴重で豊富な歴史文化・自然環境を活かした「安土まちづくり」情報を発信


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